Thursday, November 03, 2016

罅割れた美しい国――移行期の正義から見た植民地主義(2)

三 移行期の正義を考える

 戦争を平和と呼び、立憲主義や民主主義という価値理念を葬り去る現実政治に抗して、真実と正義を求める国際的努力に学び直すことが喫緊の課題となっている。

1 移行期の正義とは

 国連人権理事会で続けられている真実和解委員会に関する研究に学ぶことにしよう。2011年9月27日の人権理事会決議18/7に従って、「真実、正義、補償、再発防止保障の促進に関する特別報告者」が設置された。
決議は、国連人権小委員会の1997年の不処罰と闘う行動を通じての人権の保護と促進のための原則に関する決議や、2005年の国連人権委員会の同原則改訂版に言及し、2005年12月16日の国連総会「国際人権法の大規模違反及び国際人道法の重大違反の被害者の救済と補償への権利に関する基本原則とガイドライン」を想起し、その後の各種の決議をも踏まえ、2006年12月20日の国連総会「強制失踪保護国際条約」にも言及し、重大人権侵害に対処する戦略、政策、措置を計画し、履行する際に考慮されるべき諸条件を明らかにする必要性を指摘し、包括的なアプローチ(個人の訴追、補償、真相解明、制度改革、責任、司法、癒しと和解等々)の重要性を指摘する。その上で決議は、特別報告者を任命し、関連する諸問題を探求することを決めた。
決議に基づいて2012年に任命されたパブロ・デ・グリーフ(Pablo de Greiff)報告者が活動を続けている。
 なお、日本語文献としては、歴史的記憶の回復プロジェクト『グアテマラ虐殺の記憶――真実と和解を求めて』(岩波書店、2000年)、プリシナ・ヘイナー『語りえぬ真実――真実委員会の挑戦』(平凡社、2006年)、阿部利洋『紛争後社会と向き合う――南アフリカ真実和解委員会』(京都大学学術出版会、2007年)、阿部利洋『真実委員会という選択――紛争後社会の再生のために』(岩波書店、2008年)、アレックス・ボレイン『国家の仮面が剥がされるとき――南アフリカ真実和解委員会の記録』(第三書館、2008年)、杉山知子『移行期の正義とラテンアメリカの教訓』(北樹出版、2011年)などがある。

2 国連人権理事会特別報告書

パブロ・デ・グリーフ特別報告者は、2001年からニューヨークで「移行期司法のための国際センター」研究局長であった。その前はニューヨーク州立大学哲学准教授で、倫理学と政治理論も教えていた。民主主義、民主主義理論、道徳・政治・法の関係に関する研究をし、著作を公表し、移行期司法のための国際センターで関連著書を出している。デ・グリーフ報告者の最初の報告書(A/HRC/24/42. 28 August 2013)を見てみよう。

(1)真実への権利
 デ・グリーフ報告者は、真実委員会のような真相解明機関は、強制失踪保護条約や「国際人権法の大規模違反及び国際人道法の重大違反の被害者の救済と補償への権利に関する基本原則とガイドライン」にも導入されており、国連人権理事会は、真実への権利を不処罰を終わらせるための寄与という文脈に位置づけたと始める。人権高等弁務官や人権理事会のその他の特別手続きでも同じことが強調されてきた。
地域レベルでも、米州人権委員会と米州人権裁判所は、被害者や親族が真実を知る権利について検討してきた。米州人権委員会は、1986年公表の『年次報告書』において「どの社会も、過去の出来事について、異常な犯罪が行われるにいたった動機や条件について、真実を知る不可譲の権利を有る」と述べている。
米州人権裁判所は、2013年(*2012年の誤植と思われる)11月25日の「ミルナ・マック・チャン対グアテマラ事件判決」において「被害者の親族や社会全体として、当該違反と結びついて生じたすべてのことについて知らされねばならない」と述べている。
アフリカ人権委員会も、アフリカ人権憲章違反についての救済に関連して同じことを述べている。欧州人権裁判所も、2012年12月13日、「エル・マスリ対旧ユーゴスラヴィア事件判決」において、テロ事件との関係で同様のことを述べている。

(2)真実和解委員会の諸問題
 デ・グリーフ報告者によると、この20年間に様々な真実和解委員会が組織されてきた。国家が設置した委員会もあれば、非公式のものや、被害者・被害者団体など市民社会による委員会もある。報告書では国際人権法や国際人道法違反に関連する国家によって設置された真実和解委員会に焦点を当てる。
 真実和解委員会は通例、時期限定のアドホックな制度であり、確立した制度枠組みを持っていない。1980年代以後、40以上の実例がある。プリシラ・ハイナー『語られざる真実――移行期の司法と真実和解委員会の挑戦』(ルートリッジ出版、2011年)など参照。
まず議論されるべきは、委員会委員の道徳的立場、社会的混乱や激変に続いて設置されること、取り上げるテーマが基本的権利に密接に関連すること、合理的で一貫した方法論、市民社会への公開、「被害者中心」アプローチである。
成功した真実和解委員会は、例えば次のような成果を上げている。第1に、被害者に「声」を与え、被害者をエンパワーする。公聴会など、被害者に自分の物語を語る場を提供できる。とりわけ社会的に周縁化された集団メンバーには大きな意味がある。第2に、社会統合を促進する。残虐行為が行われたことの公的認知が、恨みや不信の循環を終わらせる。第3に、改革課題の設定を行う。第4に、移行期司法のその他の措置に関する情報を提供する。
デ・グリーフ報告者は、真実、正義、補償、再発防止の保障の関連についても言及している。真実はきわめて重要であるが、それがただちに正義や補償につながるわけではない。それらを実施させるには、国内的義務と国際的義務や、道徳や政治的理由が関連する。従って、個別に探究するよりも包括的手法が望ましい。
真実和解委員会が適当なメカニズムとなるのは、例えば、重大な違反の否認がなされる場合、権威主義体制からの移行期に旧来の制度が残存している場合、権威主義国家自身が違反行為に責任のある場合である。
真実和解委員会は様々な挑戦に直面する。与えられた任務に期限が設けられている場合、対立状況が残存している場合、基本的問題について意見の差異・不一致が生じる場合、委員会の勧告が履行されない場合などである。
 デ・グリーフ報告者は、真実和解委員会の事前の困難と事後の困難を分けて論じている。

(3)任務
 真実和解委員会の任務自体が論争的である。どのような任務を設定するかの争いが、結論に多大な影響を与えるからである。
 デ・グリーフ報告者は、各種の事例をもとに、任務に関する困難を5つに分けている。第1に委員会活動の期間、第2に調査するべき対象の期間の設定、第3に調査するべき違反行為、第4に委員会の機能、第5に委員会に求められる目的である。
 委員会の期間について見ると、南アフリカ真実和解委員会を例外として、1980~90年代の真実和解委員会は1年か1年未満であった。アルゼンチン(9ケ月)、チリ(6ケ月、3ケ月延長可)、エルサルバドル(6ケ月)、グアテマラ(6ケ月、6ケ月延長可)、南アフリカ(24ケ月)である。最近の事例では1年を超えたり、3年の例もある。
 調査するべき対象の期間の設定について見ると、残虐行為のパターンは様々であり、一律でないが、その発生、中断、残虐行為の体制崩壊の経過によって定まる。アルゼンチン(7年)、シエラレオネ(11年)、エルサルバドル(12年)、長い間隔を置いて設置されたものとしては東ティモール(25)、南アフリカ(34年)、グアテマラ(34年)、モロッコ(43年)、ケニア(44年)である。
 第3に調査するべき違反行為であるが、これもそれぞれ実際に起きた事例によるので、デ・グリーフ報告者は代表例を示している。アルゼンチン強制失踪委員会は、失踪や誘拐を調査した。エルサルバドル真実委員会は、一般的な任務で、失踪、司法外殺人、虐殺である。南アフリカ真実委員会は、「重大人権侵害」で、具体的には殺人、誘拐、拷問、虐待、それらの未遂、共謀、煽動などである。東ティモール暫定行政機構規則は、国際人権法違反、国際人道法違反、犯罪行為を対象とした。リベリア真実和解委員会は、「人権侵害」として、国際人権法違反と国際人道法違反を取り上げた。虐殺、性暴力、殺人、司法外殺人、経済犯罪などが含まれる。ケニア真実正義和解委員会は、人権侵害と経済的権利侵害を取り上げたので、もっとも幅広い。虐殺、性暴力、殺人、司法外殺人、誘拐、失踪、拘禁、拷問、虐待、財産破壊なども含まれる。
 デ・グリーフ報告者はジェンダーの考慮にも言及している。国際人権法や人道法に違反する重大人権侵害の中には女性の権利に対する侵害事例が多い。初期の真実和解委員会は「ジェンダー・ブラインド」であり、この点の配慮に欠け、女性の権利を適切に扱うことができなかった。ペルー真実和解委員会は専門のジェンダー局を設け、報告書全体にジェンダー観点を導入した重要な先例である。シエラレオネ、シベリア、東ティモールの真実和解委員会も女性と子どもの権利に配慮するようになったという。この点について、ナーラ・ヴァルジ、ロミ・シグスワース、マリー・ゲッツ『チャンスの窓――女性のための移行期司法の活動をつくる』(国連―女性、2012年)が重要だという。

(4)真実発見機能
 真実和解委員会の機能には、真実発見機能、予防機能、被害者救済機能など様々な機能があるが、それぞれの真実和解委員会の条件によってどの点に焦点があてられるかは異なる。
デ・グリーフ報告者によると、真実和解委員会の最も基本的な機能は真実発見機能である。アルゼンチン真実和解委員会は文字通り真実発見機能を基本とした。そこから被害者追跡探索機能が生まれてくる。しかし、この種の重大犯罪では、真実発見が困難に直面することが多い。アルゼンチン真実和解委員会は、任務に含まれていなかった司法制度改革と被害者家族の財政支援を唱えた。こうして真実和解委員会は、被害者救済機能や予防機能、制度改革提案機能を有するようになった。ただ、真実発見機能や被害者追跡機能とは違って、被害者救済機能や予防機能は単に潜在的可能性にとどまる。真実和解委員会は勧告を出すことはできるが、制度改革や被害者補償を提供することはできない。
真実発見機能も多様で複雑になってきた。アルゼンチン真実和解委員会は真実発見だけが任務とされたが、チリ真実和解委員会は「最も重大な人権侵害についての真実を包括的に明らかにすること」、南アフリカ真実和解委員会は「重大人権侵害の性質、原因、程度の事態をできる限り完全に明らかにすること」、ペルー真実和解委員会は「ペルーが経験した悲劇的な暴力状況をもたらした政治的社会的文化的条件および行動を分析すること」、リベリア真実和解委員会は「重大人権侵害の性質、原因、程度、その根源、情況、要因、文脈、動機」を調査することであった。ケニア真実和解委員会は、「国家や公的機関によって人々に加えられた人権侵害と経済的権利の侵害の正確で、完全な、歴史的記録を確認すること」が任務とされ、そうした侵害の前提、条件、要因、文脈を明らかにし、被害者の観点を示し、実行責任者の動機、並びに事態の完全な解明を掲げた。
その後、デ・グリーフ特別報告者は、包括的な移行期の正義の一部としての刑事訴追(A/HRC/27/56. 27 August 2014.)や、再発防止の保障(A/HRC/30/42. 7 September2015)に関する報告書を提出している。

3 東アジアにおける移行期の正義

 移行期の正義の観点から東アジアを見てみよう。近現代における東アジアにおいても移行期の正義を語るべき事例は数多い。東アジアにおいて行われた国際法に違反する軍事行動、侵略、植民地支配、軍事独裁などの国家暴力の歴史を丹念に追跡し、検証する必要がある。日本、朝鮮半島、台湾、中国、あるいはフィリピンにおける国家暴力や、時に噴出してしまった民衆暴力の実相を解明する作業はこれまで大きな成果を挙げてきたが、なお十分とは言えない。
 各国の研究者やNGOには、自国における移行期の正義の議論を展開するとともに、それらの成果を積み上げて東アジア全体における移行期の正義を語ることが求められるだろう。
 報告者(前田)にとっては、東アジアにおける移行期の正義として何よりもまず検討しなければならないのが、近現代日本における/日本による戦争と植民地支配の歴史であり、その未清算の問題であることは言うまでもない。
 近現代日本における/日本による戦争と植民地支配の歴史は複雑かつ多様であるが、思いつくままに重要事項を列挙するならばたとえば次のようなテーマが考えられる。
 第1に、アイヌモシリ(北海道)に対する侵略とアイヌ先住民族に対する差別。
 第2に、琉球王国に対する侵略(琉球処分)、植民地化、そのもとでの琉球人民に対する差別。
 第3に、台湾に対する侵略と植民地化、そのもとでの台湾人民(原住民を含む)に対する虐殺と差別。
 第4に、大韓帝国に対する侵略と植民地化(韓国併合)、そのもとでの朝鮮人民に対する虐殺と差別(東学農民運動、3.1独立運動に対する弾圧等)。
 第5に、中国東北部に対する侵略と傀儡政権(満州国)の樹立。
 第6に、中国に対する長期にわたる侵略戦争及び占領(略奪、虐殺等)。
 第7に、フィリピンに対する侵略と虐殺。
 第8に、その他東南アジアおよび太平洋諸島に対する侵略、占領、植民地支配等。

 第9に、以上の諸事例についての戦後における未清算問題。